天界の村を歩く
第1話 南アルプス  南信濃村〜龍山村
 
谷底の町・秋葉街道宿場町
 
上村下栗の本村集落を後にし、山を降りることにしよう。下栗集落のある炭焼山の尾根づたいに村道を上町に向って徐々に高度を下げていく。上町小学校の裏で秋葉街道に合流する。上村の中心市街である上町は、上村川の谷底を通う秋葉街道の旧宿場町であった。上町では小川路峠を越えて飯田へ至る街道を分岐しており、かつては賑わったのであろう。現在の国道152号線は分断国道のため通過交通は少なく、旧道沿いの上町は古い町家はあまり残ってはいないものの、徒歩時代の雰囲気を残した静かな町並みである。


上町の町家は板葺き石置き屋根であったため勾配がゆるく、漆喰など使っていないため全体に木の閉める割合が多い。1階の庇部分に四半円形の持ち送りが付いているのが特徴だが、同じ遠山郷でも南信濃村の和田には見られない。秋葉街道の宿場町は狭い谷を往く旧街道という点で木曾中山道に近いように感じる。木曾中山道も木の割合が多く1階庇周りの意匠出桁が特徴である。

国道152号線(秋葉街道)を南下していく。道路は拡幅が進められているものの岩場の部分ではまだ細くすれ違いのため止まらなくてはならないような場所も残っている。

南信濃村和田宿は飯田線平岡駅からのバスが通う遠山郷全体の中心でもある。遠山氏の拠点であった町らしく、上町と比べても町は大きい。


町並みは、木曽中山道と似た出桁造りの町家が目立つが、中には明治以降の立派な建物(個人病院)もある。飯田線が開通した後、遠山地方の玄関口として賑わった痕跡が残る。
 
 

上町の町並み(長野県上村)
 

和田宿の町家(長野県南信濃村)
 


旧秋葉街道和田宿(長野県南信濃村)
 

兵越峠
 
南信濃村和田から静岡県境に向かう途中にある八重河内という斜面上集落を歩く。下栗に負けず劣らずの高所にあるが規模は小さい。旧街道がこの集落を通過していたのであろう、単なる農家ではなく旅館か何かだったと思われるような建物が残っていた。

旧秋葉街道は青崩峠を越えて遠州に入るが、国道152号線は分断されているので、やや迂回する兵越峠を経由する。峠を越えると斜面にはお茶畑が多くなり、静岡県に入ったことを実感させられる。
 
 


八重河内(長野県南信濃村)
 
水窪
 
水窪町(現浜松市天竜区)は、天竜川流域の静岡県最奥の地である。天竜川支流の水窪川が遠山郷と同じように深い谷を刻んでいる。したがって、集落も河岸にはなく、山の上の日当たりの良い緩斜面上に形成されている。兵越林道を下った水窪湖近くの山の上に大野集落がある。急斜面の僅かな緩斜地をよくも見つけて集落にしたものだと感心させられる。農耕民族である日本人の開発力は本当にすごいものである。
 
山の上の山岳集落ばかりの中、水際の美しい集落もある。水窪の町のやや南の向市場。ここは飯田線の駅もある町で旧秋葉街道で賑わったものと思われる。湾曲する水窪川と背後の山に囲まれるように茶畑と人家が広がっている。緊張感のある山岳集落の中にあってホット一息つける集落だ。

大野(静岡県水窪町)
 
向市場(静岡県水窪町)

龍山村
 
水窪川は佐久間町大井で天竜川に注ぎ、天竜川はますます水量を増す。龍山村(現浜松市天竜区)は天竜川がつくった大きな谷の村で、秋葉ダムで堰止められた天竜川は細長い湖になっていて谷底には集落はない。天竜川は真っ直ぐ南下して流れているので、谷の斜面は北に向くことはない。したがって、谷の両側の斜面の中腹に向かい合うように集落が形成されている。その姿こそまさに天界の村で、紀伊山地や四国山地、九州山地のそれと繋がる風景だ。
谷の東側、つまり西向きの斜面上の下平山集落に上ってみた。山中なのに空が広く、長い日照時間を利用してお茶が盛んに作られていた。茶畑は等高線に並行に刈られているので、地形のうねりが強調されてとても美しい。人家はどう配置されているかというと、その茶畑の中に埋まるように点在している。
平山から上平山にかけては斜面中腹の道が繋いでおり横移動できる。この道は旧秋葉街道であろう。

平山地区から対岸の瀬尻集落を遠望した後、一度谷に下りて今度は瀬尻集落に上る。そしてさっき居た集落を逆から眺める。こうして車であれば互いの間を行き来するのはたやすいことだが、徒歩時代は大変なことであり、そもそも行き来する必要はない。天界の村は常に尾根伝いに集落同士が密接な関係を持っていて、いつも眺めている対岸の集落はまったく関係のないユニットなのである。これは都会に建つ高層マンションと似ている。マンションの横や上下の関係は管理組合などにより密接であるが、いつも眺めている離れた高層マンションはまったくの別ユニットである。

このように赤石山脈の「天界の村」は長野県大鹿村から静岡県龍山村あたりにかけて分布している。中央構造線は渥美半島を経て伊勢湾を渡り紀伊半島へつながっている。「天界の村を歩く」旅は、第2話紀伊山地へとつづく。


龍山村平山地区(静岡県龍山村)
 

上平山(静岡県龍山村)
 


上平山(静岡県龍山村)
 

瀬尻(静岡県龍山村)