江戸東京〜下町編V(2004.10.10-11)
 

10月の連休だというのに台風が東京を直撃してくれたので初日は外へ一歩も出られなかった。昼寝をし過ぎたせいで連休2日目は夜明け前に目が覚めてしまった。ごとごとやっていると娘も同様らしく起きてきた。台風一過の割には晴れていないが雨は降っていない。娘と近所を散歩することになった。カメラを持って家から南東の方向へ歩き出す。目黒不動前から武蔵小山を抜けて戸越銀座へ。東京下町ではないが戦前から戦後にかけて開発された住宅地の中に形成された商店街である。

「いらかぐみ」の孫右衛門さんがはるばる広島から関東へやってきた。町並み探訪として関東に来られるのは初めてとのこと。連休3日目は孫右衛門さんをご案内して東京の下町を歩く。集合が昼前だったのでその前に本所・両国と深川・門前仲町界隈を歩いた。東京駅で合流してからは月島、佃島、小島、下谷、神田淡路町という下町ゴールデンコースをご案内した。関東や東京下町の町並みを歩いて気になる建物は出桁町家、黒漆喰の派手な店蔵、看板建築の3種類。所変われば少しずつ表情が違うが、関西にないこの3つの建物が創る町並みが孫右衛門さんの目にどのように映ったことであろうか。
この私としては1年前に歩いている場所。たった1年なのに町は随所で変わっている。恐るべし東京、されど東京である。
戸越銀座(東京都品川区)
品川区には今でも活気を見せる商店街が多く見られる。戸越銀座は、日本全国に約300ヶ所を数える○○銀座商店街という呼び名の第一号である(本家の銀座を除く)。
武蔵小山から中原街道を渡って戸越銀座商店街に入ってびっくり!。その直線のなんと美しいことか。アップダウンもなくひたすら真っ直ぐである。視線は当然焦点に行く訳だがそこに突然トラックや電車が横切る。鉄道や国道一号線という都市の主軸の方向性を全く無視して串刺しにしているのが面白い。
両国(東京都墨田区)
両国駅の南側は、終戦直後のGHQ撮影航空写真で焼け残っていることを確認していた。おそらく風上にあたる北西方向に鉄道があったからと思われる。
しかし実際歩いてみると残念ながら殆ど残っていない。その代わりちゃんこ屋がたくさんあった。
門前仲町(東京都江東区)
門前仲町そのものは戦災を受けているが、その近くにある福住1丁目・佐賀1丁目は戦災を免れている。一面焼け野原になった深川地区で唯一といって良いかもしれない。
はじめ福住1丁目から歩いたが、予想通り戦前の木造2階建て民家が点在していた。そんな町並みの中に町工場も点在している。戦前の工場地帯の風情がある。驚いたのは佐賀1丁目のほう。福住と同じような感じかと思ったら表通りに2,3階建ての近代洋風建築が結構並んで残っている。ちょっと昔の東京にはごろごろしていた町並みなのであろうが今や珍しい。
月島(東京都中央区)
佃島(東京都中央区)
小島(東京都台東区)
下谷(東京都台東区)
淡路町(東京都千代田区)
下谷の変化はすさまじい。金杉通りの町並みを形成していた1軒の町家が姿を消し、ユニークな看板建築(右画像)も姿を消した。数少ないところに2軒も目玉が姿を消しては・・・。