大塚坂下 戦災のない東京 階段形状が面白いスリバチ街

東京都
文京区
大塚5





交通
地下鉄丸ノ内線新大塚駅下車





大塚坂下




2010.10.23
旧大塚坂下町は、護国寺と春日通りとの間の谷町。もと小石川村のうちで幕府の薬園があった場所で、薬園の移転後跡地は護国寺領となった。その後、町家ができ、大塚三丁目交差点から護国寺へ下る富士見坂の坂下の北側にある町なので、坂下町と名付けられた。
不忍通りから谷に入っていくと切妻平入の出桁造りの町家がポツポツと残っている。ここは戦災のない東京のひとつで、谷地形であることよって戦禍から免れることができたのであろう。谷底の通りから民家の間の道を入っていくと急な階段になる。階段の上はすぐ尾根道である春日通り(川越街道)なので、高低差の激しい場所に民家が密集しており、結果様々な形態の階段が見られて面白い。町並みには出桁造りや看板建築のほか、洋風建築や煉瓦蔵なども見られる。
尾根道にあたる春日通りの町並み。背後は急激に下がっている。
坂下の町並み
洋風建築の床屋
坂下の町並み
切妻平入の出桁造り町家が点在して残る。

春日り側の崖地に刻まれた階段。何軒かの家にアクセスさせるためにこのようなスリバチ階段になったのであろう。(左上)
その階段へ至る道(上)

吹上神社近くの長屋(左)
 

春日通り側の崖地の石垣。大谷石だろうか(左上)

春日通りへ上る階段(上)

その階段下にまとまって残る古い木造民家。(左下、下)
 

煉瓦蔵(上)や味わい深い下見板張りの民家(左)
参考資料 リンク
文京区

参考文献