神田多町 戦災のない東京 都心に残る戦前の町並み

東京都
千代田区
神田小川町1
神田司町12
神田多町2




交通


JR神田駅、営団丸の内線淡路町、都営新宿線小川町他


靖国通り
淡路町交差点
南側





神田多町




2003.07.05
2011.11.03
 
東京の都心3区(千代田区、中央区、港区)において、日本橋を基点とした日光街道、東海道沿いの町人町には、なぜか戦災を免れたエリアがある。堀や緑地、線路、大通り、不燃建物に守られたからだろうか。JR神田駅の北、靖国通りの南側の神田須田町、多町、小川町、司町あたりは、戦後の空中写真を見ても空襲で焼けていないことがはっきり分かる。空襲によって焼けなかった町には、どんなに開発が進んでも必ずどこかに古い町並みが残っている。京都や金沢がそれを証明している。

このエリアは、関東大震災では被災しているため、みられる町並みのベースは震災復興後の町並みということになる。江戸の伝統洋式を受け継いだ出桁造りの町家や銅版貼り・モルタル塗りの看板建築が点在する。点在はしているが、古い町家は互いに見通せる位置関係にある程度には残っているので、かつての町並みを想像することは容易にできる。大手町・丸の内の高層オフィスビルを背景にした古い低層の町並みは、規模と洋式が違えども、ニューヨークマンハッタンのSOHO街のようだ。
銅版貼りの町家。表通り側が年季の入った深緑、路地側が茶色、コーナートメで色分け。グッときてしまいました。
神田多町界隈の町並み
神田多町界隈の町並み
マンサート屋根の町家は震災復興で誕生した様式。マンサート屋根の3階建ては他にも結構見られます。
マンサート屋根の木造3階建て住宅脇から銅版貼り町家を見る。
狭い路地に面して比較的大きな看板建築が。
伝統的は出桁町家も残っていた。
年季の入った波状トタン貼り住宅。思わずシャッターを切ってしまった。


神田司町界隈の町並み 

神田司町界隈の町並み
参考資料 リンク
千代田区


参考文献