赤平
滝川
大地の上にいきなり創られた素朴な炭鉱町

北海道
赤平市
本町

滝川市
橋本
明神町




交通






赤平



滝川橋本



滝川明神町





2009.04.26
1891年(明治24年)熊本・岡山両県から34戸が入植、1894年に石川県から入植したのが始まりである。赤平は豊かな炭田にめぐまれ、1918年(大正7年)茂尻炭鉱が開鉱して以後、中小炭鉱が市内各地で開発され、昭和13年には豊里、住友、赤間に大手炭鉱が進出し、急速に炭鉱開発が進められた。戦後は、日本の経済復興の原動力として目覚ましい発展を遂げ、昭和20年代に最盛期を迎えた。その後、エネルギー革命によって閉山が相次ぎ、赤平では平成6年をもってすべての炭鉱が閉められた。
赤平駅の裏手にはズリ山と巨大な立坑がある。ここは赤平一を誇った住友鉱業赤平鉱業所である。
昭和30年代に入り、地下350mから上の炭量は20年間で枯渇し、さらに深部の開発が必要になった。深部開発により生産規模の拡大を図るため、出炭と従業員の搬送スピード化が望まれ、住友石炭赤平炭鉱はビルド鉱として大規模投資に踏み切り、完成以降平成6年2月の閉山まで、立鉱は31年間稼働した。
また市街地には立派な御殿のような建物が残っている。戦後の炭鉱隆盛期に、山田組を創設し、売炭、運搬、炭鉱経営などの事業で一代を築いた山田三郎氏が昭和26年に建てた建物である。
住友赤平立坑の概要
大深度の採掘を行うため地中にこんなにすごい施設があったとは驚きである。
全盛期の赤平炭鉱の様子
ズリ山
九州ではボタ山、北海道ではズリ山と呼ばれる廃土の山。
茂尻の炭住
茂尻の炭住
山田御殿
戦後の炭鉱隆盛期に、山田組を創設し、売炭、運搬、炭鉱経営などの事業で一代を築いた山田三郎氏が昭和26年に建てた建物。
赤平の歓楽街
赤平の町並み
赤平駅舎
函館本線と根室本線の分岐点の町、滝川
石狩川橋を渡った橋本地区にある金滴酒造(上)

滝川明神町交差点の中川金物店(左)
 
参考資料 リンク
赤平市
滝川市

参考文献