武生 登り梁と袖卯建の町家が残る利家の造った城下町

福井県
越前市
元町
本町
若松町
京町





交通

JR北陸本線武生駅下車徒歩




元町・本町


若松町・京町




2005.10.09
武生は古代、越前国の国府、国分寺、総社のあった場所で「府中」という地名であったが、明治2年(1869年)に「武生」という地名に改称された。今ではさらに市町村合併によって「越前市」と変わっている。
前田利家は、天正3年(1575)、織田信長の越前一向一揆制圧を機に、府中三人衆のひとりとして尾張国から当地に移封された。利家はこのときはじめて大名となり、約6年間当地に在城した。のちに信長より能登一国を与えられ、さらに羽柴秀吉の時代になってこれまでの領国能登に北加賀2郡が加えられると、利家は金沢に移り加賀百万石の礎を築き北陸の覇者となった。
武生の城下町は、城の南側に造られた。町のほぼ中央を南北に走る旧北陸街道に沿って主要な町人町、西側に寺町、東側に武家屋敷町が配置された。しかし、近世以降、明治大正期にも大火に見舞われているため、古い町家は残っていない。それでも、旧北陸街道沿いには袖卯建と登り梁を特徴とする越前地方ならではの町家が見られ、元町から西へ延びる府中菊街道にも古い町並みが残っている。また、寺町の中の京町にもしっとりとした町並みがある。これらが武生の古い町並みの見所である。
本町、神明町、あおば町、柳町の交差点。大通りは旧北陸街道である。
旧北陸街道、元町付近の町並み。道路幅が広いのに古い町家が建っているのが不思議に思えた。明治以降も大火に見舞われているというから、復興後の町割りということか。
元町の本卯建の町家。武生では越前らしく袖卯建の町家が圧倒的に多い。
旧北陸街道、京町1丁目、幸町、桂町、国府1丁目の交差点。
府中菊街道の町並み。
府中菊街道の町並み。
府中菊街道の町並み。
戦後、古い町の旧市街の再開発で流行った「統一感のある」建物。
寺院が集中している京町の路地。
寺院が集中している京町の路地。奥の洋風っぽい建築は幼稚園であった。
総社大神宮北の門前あたり。
総社大神宮東側の町並み。
参考資料 リンク
越前市

参考文献
『日本の町並みT 近畿・東海・北陸』 西村幸夫監修 平凡社