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集落町並みの歩き方見つけ方
山岳集落編

山岳集落=「天界の村」の魅力
 わが国は世界一山林面積の割合が高い先進国である。山岳集落(高い山の中腹の斜面上に形成される集落)など何処でも見られると思われるかもしれない。山を背にした平地の際や山の足元の斜面に形成されている集落は多いが、山の中腹斜面上の山岳集落となると限られたエリアでしか見ることができない。ここでは、山岳集落=「天界の村」の歩き方見つけ方を紹介する。
 山岳集落の魅力は何処にあるのだろうか。ほとんどは秘境中の秘境というすごい山奥にあったするから、細い山道を不安になりながら走りやっとのことでたどり着くことになる。そして集落に立って素晴らしい山々の風景を眺めたとき、自然と人々のくらしが一体となって創り上げた風景に感動するであろう。次に「何故このようなところに人が住まうことになったのか」という疑問を抱くことになるだろう。平野や都市に住まう人からは想像できないくらしを知ることが「天界の村」を探訪する魅力なのである。

赤石山脈と伊那山脈の間にある遠山郷の下栗集落(長野県上村)
 
中央構造線と山岳集落
 有名なフォッサマグナ(静岡糸魚川構造線)が日本列島を横断しているのに対して、中央構造線という大断層があって西日本を縦貫している。茨城県の大洗付近を始点として関東地方を横切り、諏訪湖でフォッサマグナとクロスしたのち赤石山脈の西側を南下、渥美半島から紀伊半島へ渡り紀ノ川、四国の吉野川から瀬戸内海南岸、九州に入って大分から阿蘇山を経て八代付近が終点といわれている。その中央構造線の太平洋側には、関東山地、赤石山脈、西南日本外帯山地と呼ばれる紀伊山地・四国山地・九州山地があって深い谷を刻む山国となっている。山岳集落は、この中央構造線の太平洋側にあたる谷の深い山地に分布している。つまり、関東山地の奥秩父地方、赤石山脈と伊那山脈の間の長野県遠山郷から静岡県天龍川流域の水窪町周辺、紀伊山地の十津川郷、四国山地東部の剣山周辺、四国山地西部の石鎚山周辺、九州山地椎葉村・米良庄・五家荘などである。これらの地域はいわゆる秘境と呼ばれた地域である。
 

中央構造線と山岳集落の分布の関係
 
焼畑農業と平家伝説の里
 山間民の祖先は先住民族のエネルギーを保って古くから半栽培の暮らしを続けていた。稲作には乏しいから、芋などをつくってヒエやアワ、そばを栽培する焼畑農業を続けてきた。したがって、日当たりの良い山の中腹の斜面上に農村を形成するのが理に適っている訳である。深い谷では川底の平地に乏しく日当たりも悪いので作物は育たないし大雨の時に川が氾濫する危険がある。そんなことから山岳集落は、稲作をもたらした弥生人に追われた縄文人の系譜であるとも言われている。
 しかし、そもそも何故そんな不便な山奥に先人たちが住んだのであろうか。その謎を解き明かすように、何処の村を訪ねても「落人伝説」が用意されている。人のやってこない山岳地に早くから誰かが住みつき不自由ながら生き耐えてきた。その伝統を引き継いでいる山間民たちも、「祖先はなぜこんな不便なところへ来て住んだのだろうか」という疑問を抱き、きっと平野に住めない事情があったのだろう、きっと平野を追われてきたのであろう、すると平家の落人なのか、ということになる。不便な場所で自給自足の焼畑農業を続け、長い貧しい暮らしの積み上げのうちに「落人伝説」を取り入れてきたのであろう。
 このように山岳集落は、その成立の謎を探るおもしろさももっている。
 

平家落人伝説の一例(熊本県泉村五家荘 平家の里より)
 
地形図で絞り込む
 山岳集落の視覚的な魅力は、第一に全体が眺められるところにある。平野の集落町並みはその中に視点がある場合がほとんどで全体像を見ることは山の上から見下ろすか鳥にならない限り適わない。山岳集落は自然を背景に立体的に見えるところが面白い。
 第二に家々の立地のすさまじさである。谷底からそうとう高い場所にある、急斜面の上にある、集落の高低差がある、などである。棚田や段々畑の存在も重要な景観要素だ。
 以上の視覚的なポイントを頭に入れて、まずは大きな地図(字名まで書かれている道路地図など)で谷や主要幹線道路から離れて集落名が記載されている場所を押さえる。次に地形図でその場所の地形や民家の数を読んでいく。谷底から離れた等高線が集まっている上に民家も集まっていればかなり期待できる。等高線に畑や田圃の印があれば棚田や段々畑が見られるかも知れない。そして絞り込んだ上で、それを全貌できる場所がありそうかを確認しておく。そこまで準備しておけば後は現地に行くだけである。
 
 上図は徳島県東祖谷山村の落合集落である。国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている有名な山岳集落である。等高線が集まっているところに民家が広範囲に点在しているので大きな山岳集落であることがわかる。谷底から50mほどの高さを下端とし270mの高さを上端とした高低差220mの集落である。地形図から対岸に全景を見渡せる場所も事前に頭に入れられる。また、民家の配置を見ると等高線に沿って並んでいる。そして間に畑が広がっているので家々を隠すような森林もない。下の画像が実際の落合集落の全景である。

 
対岸の斜面から全景を眺める
 山岳集落は自然と人間が創り上げた全体像の美しさが重要である。後先にはこだわらないが必ず谷の対岸の斜面に上って全景を見渡そう。先に眺めれば集落の全体像を頭に入れてから要所を歩くことになるし、後で眺めれば歩いた各々の場所を思い出しながら記憶を繋げることになる。できれば最初と最後に眺めるのがよいのだが、対岸の斜面に上るのは大変時間を要する場合があるので、どちらかでよいであろう。
 
集落にアクセスする
 さあ、集落内に入ってみよう。斜面上の山岳集落はそもそも平らな土地に乏しいわけで、クルマを停めるのに一番苦労する集落でもある。大抵集落内には停める場所が無く、道が広くなっている場所は切り返しを行うための場所だったりどこかのお宅の駐車スペースだったりするので、集落内にはまず停められないと考えたほうがいいし、停めてはいけない。集落の手前で探すか(かなり離れる場合あり)神社の前などに停めるしかない。不用意な駐車は住んでいる方々にご迷惑をかけるので要注意である。
 集落内の道路は急勾配で切り返しの場所が少なく、特に限られた住戸だけにアクセスする道はその家に突き当たって終りといった構造になっているので、入っていってもUターンできない。そういう時は止むを得ず突き当たりのお宅の駐車スペースを借りてUターンするしか無いが、それも出来ない場合は急勾配の細い道をバックで戻らなければなくなる。レンタカーであれば是非とも軽自動車を借りるべし。運転に自身の無い人は集落の中までクルマで入らず、集落の手前にクルマを置いて歩くべし。


もともと道路が付いていない家に無理やり道路をつけた集落
(長野県上村下栗大野)
集落内を歩く
 小さい集落であれば手前でクルマを停めて歩こう。大きな集落であれば高低差が200mとかになるので、はじめにクルマで流して要所を見定める必要がある。その場合は、一番上端まで行ってから下りながら要所を歩くようにしたい。
 クルマを停めたら迷路のような集落内の道を歩いてみよう。歩行者しか通れない複雑な道を歩くのが集落探訪の醍醐味である。集落内の道は等高線に沿った横道と上り下りする縦道がある。集落の構造によるが、一般には縦道が共用通路の場合が多く、横道は各家の前庭だったりする。またはその逆もある。道が集落内の共用通路なのか、個人の家の敷地なのかを注意し、個人の家の庭先(住んでいる場合)を歩くことはできるだけ避けたい。
 また、山岳集落というのは閉鎖性が強く外部の人間が歩いていることはまずありえない。村の人からすると大変怪しい人間に見られているので、人にあったら必ず挨拶をするべし。
 

等高線に沿った横道が共用の道となっている例
(高知県池川村椿山)