旧中山道江戸発四日目(2003.09.20)

台風が関東地方に近づいている。中山道江戸発三日目までは好天が続いたが今日は雨である。今日はやめようかとも思ったが明日は台風でもっと荒れるというのでがんばって出かけた。中山道69次はこんなことで躊躇していたら終わらない。
それにしても雨の町歩きは厄介である。カメラが濡れるのをかばいながら傘をさすと背中や下半身が濡れる。履き慣れてはいるが底が磨り減った靴は、歩くたびにブシュブシュっと音をたてて靴底から雨水を吸い上げる。日が照って熱いのとどっちがいいかと言われれば五分五分だが、これが自然に抱かれた集落でない街道沿いの町並みとなれば雨もまた風情となる。

本庄は埼玉県内の中山道最北端の宿場である。隣の深谷宿は煉瓦が特徴の町並みであったが、本庄にもその余波が現れている。深谷宿で見られた煉瓦壁に挟まれた町家様式と同様の町家や大きな煉瓦倉庫が残っていた。旧宿場の長さも長く、街道の両側奥や駅周辺にも町並みが見られ、また洋風建築も残っていた。

埼玉県を後にし群馬県に入る。江戸から11番目の新町宿は江戸時代に中山道のルート変更で誕生した宿場。新町駅から大きく外れた場所のため旧街道の雰囲気は色濃く感じる。しかし、古い民家はあまり残っていない。

倉賀野宿は中山道から日光例幣使街道を分岐する追分宿であり、利根川水系の江戸からの舟運の最上流地点でもあり、上州、信州からみた重要な物資の拠点であった。したがって、宿場町の規模は大きい。

高崎は歩いていなかった駅周辺の連雀町を訪れたが、旧中山道は大通りになっているため古い町並みというよりは戦後の町並みだ。中山道の一本駅東側の通りに比較的古い町家が残っているようだ。いずれにしても、今年6月に訪れた本町が高崎の町並みのみどころといえる。

ここ先の中山道の宿場は鉄道駅と大きく外れてくる。次回からは車を使うことになるので、今一度日本橋から旧道沿いに歩いていない場所を確認する予定である。

 
本庄
新町
倉賀野
高崎